こんにちは!名古屋のウクレレ、ボーカル、ギター教室「ポワンポワンスタジオ」です。
今回のテーマは「日本に初めてギターが来た日②」です。
前回のブログでは、戦国時代にギターの先祖(ビウエラなど)がやってきたものの、鎖国によって姿を消してしまったというお話をしました。
今回はそこから一気に時代を進めて、明治時代のお話です。現在の私たちが知っている「6本弦のモダン・ギター」は、いつ、誰が日本に持ってきたのでしょうか?
ペリーの黒船来航で鎖国が終わり、明治時代に入ると、欧米の文化が怒涛のように流れ込んできました。
そんな中、1877年(明治10年)にアメリカに留学していた平岡熈(ひろし/芸名:平岡吟舟)という人物が、日本に初めて現在の形のギターを持ち帰ったという記録が残っています。(以前の当教室のブログでも少し触れましたね!)
この平岡さん、実は「日本に初めて野球チームを作った人」「ローラースケートを持ち込んだ人」でもあり、とにかく新しいモノ好きな凄い人でした。ただ、彼はギターを持ち帰ったものの、それを大々的に広めたり、演奏家として活動したわけではなかったようです。
では、日本で本格的にギターを弾き、生徒に教え始めた「日本初のギタリスト・指導者」は誰かというと、比留間賢八(ひるま けんぱち)という人物だと言われています。
彼は1901年(明治34年)にイタリアから帰国する際、ギターとマンドリンを持ち帰りました。そして日本で初めてマンドリンとギターの教室を開き、ここから日本のギター普及の歴史が本格的にスタートしたのです。
当時、日本で流行っていたのはギターのソロ演奏ではなく、「マンドリン・アンサンブル」でした。
マンドリンのチャカチャカというきらびやかなメロディの裏で、ギターはあくまで「伴奏楽器(リズム隊)」としてジャカジャカとコードを弾く役割がメインだったのです。現在のようにアンプやマイクがなかったため、音の小さなギターはメロディを弾いても他の管楽器などに音量で負けてしまったんですね。
演奏されていたのは、西洋の行進曲やワルツ、当時流行し始めた唱歌などだったと考えられます。
こうして日本に定着し始めたギターですが、実は当時のギタリストたちは「ある問題」にものすごく悩まされていました。それは現代の私たちが全く想像もつかないような苦労だったのです。
次回の最終回「日本に初めてギターが来た日③」では、当時の過酷なギター練習事情と「弦」の調達についてお話しします。お楽しみに!

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